ADC NEWS

「フッ素を塗ると歯が強くなる」「フッ素入り歯磨き粉は虫歯予防になる」。

歯科ではよく聞く説明ですが、実際にフッ化物は歯の表面で何をしているのでしょうか。

かつては、フッ化物が歯の結晶に取り込まれて「フルオロアパタイト」という酸に強い歯を作ることが、虫歯予防の中心だと考えられていました。

しかし現在では、この説明だけでは不十分です。

現在のう蝕学では、フッ化物の重要な作用は、歯が生えた後に口腔内へ低濃度で繰り返し存在することで、脱灰を抑制し、再石灰化を促進することだと考えられています。(PubMed)

つまりフッ素による虫歯予防を理解するには、「歯を硬くする物質」というより、脱灰と再石灰化のバランスをコントロールする物質として考えることが重要です。

虫歯は「歯が溶ける」と「戻る」のバランスで決まる

歯のエナメル質は、その大部分が無機質で構成され、主要な結晶は**ハイドロキシアパタイト(hydroxyapatite)**です。

化学式では、

Ca₁₀(PO₄)₆(OH)₂

と表されます。

私たちが糖質を摂取すると、歯面のバイオフィルム内の細菌が糖を代謝して有機酸を産生します。プラーク内のpHが低下すると、歯の結晶からカルシウムイオン(Ca²⁺)やリン酸イオンが溶出します。

これが**脱灰(demineralization)**です。WHOも、遊離糖をプラーク細菌が代謝して酸を作ることがう蝕発生の基本的な過程であるとしています。(Tổ Chức Y Tế Thế Giới)

しかし、一度脱灰したら必ず虫歯になるわけではありません。

飲食を終えると唾液の緩衝作用などによってpHが回復します。唾液にはカルシウムやリン酸が存在するため、条件が整えば、失われたミネラルが再び歯へ沈着します。

これが**再石灰化(remineralization)**です。

つまり歯の表面では一日の中で、

脱灰 ⇄ 再石灰化

が何度も繰り返されています。

虫歯は突然穴が開く病気ではありません。

長期間にわたり、

脱灰 > 再石灰化

の状態が続いた結果、ミネラル喪失が蓄積し、最終的に歯の構造が崩壊していく疾患です。

フッ化物は、この平衡を再石灰化側へ動かす重要な因子なのです。(Sage Journals)

フッ素は「脱灰」を抑える

フッ化物イオン(F⁻)が歯面周囲の液相に存在すると、酸によって歯のミネラルが溶出する過程が抑えられます。

ここで重要なのは、エナメル質全体が大量のフッ素に置き換わっていなくても作用することです。

ten CateとFeatherstoneらの研究では、口腔液中のsub-ppmレベルという低濃度のフッ化物でも脱灰を抑制し、初期う蝕の再石灰化を促進し得ることが示されています。(Sage Journals)

つまり、フッ素入り歯磨き剤を毎日使用する意味は、「一度歯にフッ素を取り込ませれば終わり」ということではありません。

歯面・唾液・プラーク周囲に低濃度のフッ化物が繰り返し供給されること自体が重要なのです。

フッ素は「再石灰化」を促進する

初期う蝕では、表面が完全に崩壊して穴が開く前に、エナメル質内部からミネラルが失われます。

この段階では条件が整えば、カルシウムとリン酸が再び沈着して病変を修復する可能性があります。

ここでフッ化物が存在すると、カルシウム・リン酸の再沈着が促され、再石灰化した結晶にはフッ化物が取り込まれます。

形成されるのは必ずしも純粋なフルオロアパタイトだけではなく、実際の歯では**fluoridated hydroxyapatite(フッ化ハイドロキシアパタイト、あるいはフルオロハイドロキシアパタイト)**などとして考える方が実態に近いとされています。(PubMed)

これらの再石灰化したミネラルは、元の炭酸を多く含むアパタイトより酸に対する溶解性が低くなります。

したがってフッ化物は、

「溶けにくくする」+「溶けた部分を戻しやすくする」

という両方向から、う蝕進行を抑えているのです。

「フルオロアパタイトになるから虫歯にならない」は少し古い説明

以前は、

ハイドロキシアパタイト
↓ フッ素
フルオロアパタイト

酸に強い歯になる

という説明がフッ素の作用として強調されていました。

化学的には、ハイドロキシアパタイトのOH⁻部分がF⁻に置換された

Ca₁₀(PO₄)₆F₂

がフルオロアパタイトです。

フルオロアパタイトはハイドロキシアパタイトより酸に対して溶解しにくいため、この考え方自体が間違っているわけではありません。

しかし、現在のエビデンスでは、歯が形成される時期にフッ素を大量に取り込んで「歯全体をフルオロアパタイト化すること」が主な虫歯予防機序とは考えられていません。

むしろ重要なのは、歯が萌出した後に、低濃度のフッ化物が歯と口腔液の界面に存在することです。レビューでも、フッ化物の抗う蝕作用は主として局所的・萌出後の作用であり、脱灰と再石灰化への影響が中心とされています。(PubMed)

これは現在のフッ化物応用を理解するうえで非常に重要なポイントです。

高濃度フッ素では「CaF₂様沈着物」が作られる

さらに興味深いのが、歯科医院で使用するフッ化物製剤やフッ素入り歯磨き剤を使用した後に起こる反応です。

比較的高濃度のフッ化物が歯面に接触すると、表面にはフッ化カルシウム(CaF₂)様の沈着物が形成されます。

これは単なる「余ったフッ素」ではありません。

CaF₂様物質は、唾液由来のリン酸やタンパク質などの影響を受けながら歯面に保持され、**フッ化物イオンのリザーバー(貯蔵庫)**として働くと考えられています。(PubMed)

特に興味深いのは、プラーク内のpHが低下する、つまり虫歯が進みやすい酸性環境になると、このCaF₂様物質からフッ化物が利用されやすくなることです。

つまり、

フッ化物を使用

歯面にCaF₂様物質が形成

フッ化物の貯蔵庫になる

酸性環境になる

F⁻が供給される

脱灰抑制・再石灰化を助ける

という仕組みです。

「フッ素を塗ると歯の中に全部取り込まれる」と考えるより、歯の周囲にフッ素を利用できる環境を作ると考えた方が、現在の知見に近いでしょう。

フッ素には抗菌作用もあるのか?

フッ化物には細菌代謝に影響する作用も知られています。

酸性環境ではフッ化物イオンの一部がHF(フッ化水素)として細菌内へ移行し、解離後に細胞内を酸性化したり、解糖系酵素のエノラーゼなどへ影響したりすることで、細菌の糖代謝や酸産生を抑制する可能性があります。

ただし、通常のフッ化物応用による虫歯予防効果を説明するとき、抗菌作用を主役にするのは適切ではありません。

現在の理解では、臨床的により重要なのは、

脱灰の抑制

再石灰化の促進

です。(PubMed)

フッ素は「虫歯菌を殺す薬」というより、細菌が酸を作る環境の中でも、歯のミネラルバランスを失いにくくする物質と理解した方が正確です。

なぜフッ素は「毎日」使うことが重要なのか

ここまで理解すると、なぜ歯科医院で数か月に一度フッ素を塗るだけではなく、フッ素入り歯磨き剤を毎日使用することが重要なのかが分かります。

フッ素の主作用は「一度歯を強くして永久に効果が続く」というものではありません。

飲食による酸性化は毎日何度も起こります。

そのたびに脱灰と再石灰化が繰り返されるため、低濃度のフッ化物を口腔内へ繰り返し供給することに意味があります。

WHOは現在、1000~1500 ppmのフッ化物配合歯磨き剤による1日2回の歯磨きを、ライフコースを通じたセルフケアとして推奨しています。(IRIS)

これはフッ化物の作用機序とも非常によく一致します。

フッ素を使っていれば虫歯にならないわけではない

ここは誤解してはいけません。

フッ化物は非常に有効なう蝕予防手段ですが、フッ素だけで虫歯を完全に防げるわけではありません。

遊離糖の摂取頻度が高く、プラークが長時間残り、酸性環境が頻繁に作られれば、脱灰方向への負荷は大きくなります。

WHOも、フッ化物への曝露だけでう蝕を完全に予防することはできず、原因となる遊離糖への対策が不可欠であるとしています。(IRIS)

したがって虫歯予防は、

フッ化物
+ プラークコントロール
+ 糖の摂取頻度の管理
+ 唾液
+ 定期的なリスク評価

を組み合わせて考える必要があります。

フッ素の本当の役割は「歯を強くする」より「ミネラルの収支を変える」

「フッ素は歯を強くする」という説明は、患者さんに伝える言葉としては分かりやすいものです。

しかし科学的には、もう一段深い理解ができます。

歯の表面では常に、

酸による脱灰

唾液による再石灰化

が繰り返されています。

そこへフッ化物が存在することで、

脱灰を抑える

カルシウム・リン酸による再石灰化を促す

より酸に溶けにくいフッ化されたアパタイトが形成される

CaF₂様物質がフッ化物の供給源として働く

という複数の作用が重なります。(Sage Journals)

したがって、フッ素による虫歯予防の本質は、

「歯をフッ素でコーティングすること」でも、「歯全体をフルオロアパタイトに変えること」でもありません。

歯と唾液、プラークの境界で絶えず起こっている脱灰と再石灰化の化学平衡を、歯を守る方向へ動かすこと

これが、現在のう蝕学から見たフッ化物の重要な役割です。

参考文献

  1. ten Cate JM, Featherstone JDB. Mechanistic Aspects of the Interactions Between Fluoride and Dental Enamel. Crit Rev Oral Biol Med. 1991;2(3):283–296. doi:10.1177/10454411910020030101. (PubMed)
  2. ten Cate JM. Current concepts on the theories of the mechanism of action of fluoride. Acta Odontol Scand. 1999;57(6):325–329. doi:10.1080/000163599428562. (PubMed)
  3. ten Cate JM. Review on fluoride, with special emphasis on calcium fluoride mechanisms in caries prevention. Eur J Oral Sci. 1997;105:461–465. doi:10.1111/j.1600-0722.1997.tb00231.x. (PubMed)
  4. Buzalaf MAR, Pessan JP, Honório HM, ten Cate JM. Mechanisms of action of fluoride for caries control. Monogr Oral Sci. 2011;22:97–114. doi:10.1159/000325151. (PubMed)
  5. Robinson C. Fluoride and the caries lesion: interactions and mechanism of action. Eur Arch Paediatr Dent. 2009;10(3):136–140. doi:10.1007/BF03262674. (PubMed)
  6. World Health Organization. Fluoride toothpaste to prevent caries. WHOは1000~1500 ppmフッ化物配合歯磨き剤による1日2回のブラッシングを推奨しています。 (IRIS)

「ありが歯科の各治療についてはこちらをご参考にしてみてください。」

執筆・監修歯科医 ありが歯科院長 有賀智哉

日本人歯科医師として、ホーチミン旧1区にて日本品質の歯科治療を提供。
一般歯科・小児矯正・インプラント・ホワイトニングまで幅広く対応しています。

日本語対応で安心してご相談いただけます。

関連記事

ホーチミンで歯科治療をご希望の方へ
→ ありが歯科へのお問い合わせ・予約はこちら 090-418-6480