「歯周病になると、歯を支えている骨が溶ける」
歯科医院でこのような説明を聞いたことがある方もいると思います。
しかし、ここで一つ疑問が生じます。
なぜ歯ぐきに細菌が増えると、その下にある骨までなくなってしまうのでしょうか。
「歯周病菌が骨を食べている」「細菌が骨を直接溶かしている」と考えると分かりやすいのですが、実際の歯周病はそれほど単純ではありません。
現在の歯周病学では、歯槽骨の破壊には細菌だけではなく、細菌に対して起こる私たち自身の免疫反応が深く関与していることが分かっています。
歯周病とは、口腔内細菌と人間の免疫システムとのバランスが崩れることで進行する、複雑な慢性炎症性疾患なのです。(PubMed)

歯を支えている「歯槽骨」とは?
歯は歯ぐきに刺さっているだけではありません。
歯根の周囲には歯根膜があり、その外側を**歯槽骨(alveolar bone)**が取り囲んでいます。
健康な状態では、
歯
↓
歯根膜
↓
歯槽骨
という支持構造によって歯は顎の中に保持されています。
骨というと、一度作られたらずっと同じ状態に見えますが、実際には違います。
私たちの骨では常に、
骨芽細胞による「骨形成」
と、
破骨細胞による「骨吸収」
が行われています。
この二つのバランスによって骨組織は維持されています。
したがって歯周病による骨吸収とは、酸などによって骨が化学的に溶かされていくというより、炎症によって破骨細胞の形成・活性が骨形成を上回る状態になることと考えると理解しやすくなります。
歯周病は「特定の細菌だけ」が原因ではない
以前は、
「この歯周病菌が存在するから歯周病になる」
という考え方が比較的強くありました。
もちろん、Porphyromonas gingivalis、Treponema denticola、Tannerella forsythiaなど、歯周炎との関連が知られている細菌は存在します。
しかし現在では、歯周病を一種類の細菌による感染症として説明するのは十分ではありません。
重要なのが**dysbiosis(ディスバイオーシス)**という考え方です。
健康な口腔内にも非常に多くの細菌が存在しています。
ところがプラークが蓄積し炎症環境が続くと、細菌叢全体の構成や機能が変化し、健康と共存していた状態から炎症を維持・増幅しやすい微生物群集へ変化していきます。
さらに炎症によって生じる組織分解産物などが一部の細菌にとって利用可能な栄養源となり、炎症とdysbiosisが互いを増幅する循環が形成されると考えられています。(PubMed)
つまり、
プラーク蓄積
↓
細菌叢と宿主環境の変化
↓
炎症
↓
歯周組織の環境が変化
↓
さらにdysbiosisが進む
という悪循環です。
細菌が侵入すると免疫システムが反応する
細菌由来成分を宿主側が認識すると、自然免疫系が作動します。
代表的な細菌由来分子には、グラム陰性菌の外膜成分である**LPS(リポ多糖)**などがあります。
これらを認識すると、好中球、マクロファージ、樹状細胞などの免疫細胞が活性化されます。
免疫反応そのものは、本来私たちを感染から守るために必要なものです。
問題は、歯周ポケット内で細菌性バイオフィルムが持続し、炎症が長期間解決されないことです。
慢性炎症になると、
IL-1β
TNF-α
IL-6
PGE₂
など、炎症に関係するさまざまなメディエーターが産生されます。
これらは細菌を排除するための反応に関与する一方、過剰・持続すると歯周組織の破壊や骨代謝にも影響します。
そのため歯周病の組織破壊は、単純に「細菌によって壊された組織」ではなく、細菌に対する宿主側の炎症反応も大きく関与した組織破壊なのです。(PubMed)
骨吸収の中心にある「RANK・RANKL・OPG」
ここからが歯周病による骨吸収を理解する重要な部分です。
破骨細胞が成熟し、骨を吸収するためには、RANK/RANKLシグナルが重要です。
RANKL(Receptor Activator of Nuclear Factor κB Ligand)は、破骨細胞の前駆細胞に存在するRANKという受容体に結合します。
すると、
破骨細胞前駆細胞
↓
RANKLがRANKへ結合
↓
破骨細胞への分化・成熟
↓
骨吸収
という流れが促進されます。
一方、私たちの体には骨吸収を抑制する仕組みもあります。
それが**OPG(osteoprotegerin)**です。
OPGはRANKLに結合する「おとり受容体」として働き、RANKLがRANKへ結合するのを妨げます。
簡単に表現すると、
RANKL → 破骨細胞を増やす方向
OPG → RANKLの作用を抑える方向
です。
歯周炎ではRANKL発現が増加し、RANKL/OPGのバランスが骨吸収側へ傾くことが、歯槽骨破壊に重要だと考えられています。進行した歯周炎組織でRANKL発現が高いことや、実験モデルでRANK/RANKL経路を阻害すると骨吸収が減少することも報告されています。(PubMed Central (PMC))
「歯周病菌が骨を溶かす」は半分正しく、半分違う
ここまでを整理すると非常に重要なことが分かります。
歯周病菌がドリルのように直接歯槽骨を削っているわけではありません。
より正確には、
細菌性バイオフィルム
↓
dysbiosis
↓
宿主免疫反応
↓
慢性炎症
↓
炎症性メディエーター
↓
RANKL優位の骨代謝環境
↓
破骨細胞活性化
↓
歯槽骨吸収
という流れです。
つまり、実際に骨を吸収する主体は患者さん自身の破骨細胞です。
ただし「免疫反応が悪いから歯周病になる」という意味でもありません。
免疫反応は細菌から身体を守るために不可欠です。
問題なのは、バイオフィルムによる刺激が持続し、炎症を適切に終息できない環境が形成されることです。
このため近年の歯周病研究では、細菌だけを見るのではなく、**microbe-host interaction(微生物と宿主の相互作用)**として病態を理解することが重要になっています。(PubMed)
歯肉炎ではなぜ骨が溶けないのか?
ここも患者さんにとって興味深いポイントです。
プラークによって歯ぐきに炎症が起こっていても、炎症が歯肉に限局し、歯槽骨や歯周組織の支持構造が失われていなければ**歯肉炎(gingivitis)**です。
一方、炎症に伴って臨床的アタッチメントロスや歯槽骨吸収が生じると、**歯周炎(periodontitis)**になります。
つまり、
歯肉炎=炎症はあるが支持組織破壊がない
歯周炎=歯を支える組織の破壊を伴う
という大きな違いがあります。歯肉炎はプラークコントロールなどによって臨床的な歯肉健康へ戻すことが可能ですが、歯周炎で失われた支持組織は同じ意味で単純に元へ戻るわけではありません。(PubMed)
同じように歯石があっても進行速度が違うのはなぜ?
歯周病の興味深いところは、患者さんによって進行の仕方が大きく異なることです。
これは細菌だけでは説明できません。
現在の歯周炎分類では、重症度や治療の複雑性をStage、進行速度や将来の進行リスクなどをGradeとして評価します。(PubMed)
特に重要な修飾因子として知られているのが、
喫煙
と
糖尿病
です。
2017 World Workshopのコンセンサスでも、糖尿病と喫煙は歯周炎の重要な修飾因子として位置付けられています。(PubMed)
したがって「歯石が多い人ほど必ず重症」という単純な関係ではありません。
細菌性バイオフィルムに加えて、宿主の炎症反応、全身状態、生活習慣など複数の要因が病態に影響します。
では、なぜ歯石取りや歯周病治療で進行を抑えられるのか?
ここまで読むと、
「骨吸収が免疫反応で起こるなら、歯石を取っても意味がないのでは?」
と思うかもしれません。
そうではありません。
炎症反応を持続させる重要な原因が歯面に存在する細菌性バイオフィルムだからです。
歯石はそれ自体が骨を溶かしているわけではありませんが、表面が粗造で細菌性バイオフィルムが付着・停滞しやすく、歯ブラシだけでは除去できません。
そのため歯周治療では、
プラークコントロール
+
歯石・沈着物の除去
+
歯根面の適切なデブライドメント
などによって、細菌性バイオフィルムによる持続的な刺激を減少させます。
目的は単に「歯石をきれいに取ること」ではありません。
歯周ポケット内の生態環境と炎症状態を変え、宿主と微生物のバランスを健康側へ戻していくことが歯周治療の本質です。
一度溶けた歯槽骨は元に戻るのでしょうか?
歯周治療によって炎症を抑えることと、失われた歯槽骨を完全に元通りにすることは別の問題です。
基本的な歯周治療によって炎症が改善しても、すでに失われた歯周支持組織がすべて自然に元の形へ再生するわけではありません。
一方、骨欠損の形態や歯の状態など一定の条件を満たす症例では、歯周組織再生療法が検討されることがあります。
そのため歯周病では、
「骨がなくなってから治療する」より、「支持組織の破壊が進む前に炎症をコントロールする」
ことが非常に重要です。
歯周病は「細菌」と「免疫」の病気
歯周病を「歯石がたまって骨が溶ける病気」とだけ説明すると、本当の病態は見えてきません。
現在の理解では、
細菌性バイオフィルム
↓
口腔細菌叢のdysbiosis
↓
自然免疫・獲得免疫の反応
↓
慢性炎症
↓
RANKLなどの骨代謝シグナルの変化
↓
破骨細胞活性化
↓
歯槽骨吸収
という複数の段階が関与しています。(PubMed Central (PMC))
つまり、歯周病による骨吸収とは、細菌だけが引き起こす現象でも、免疫だけが引き起こす現象でもありません。
口腔内細菌と宿主免疫とのバランスが崩れ、炎症が慢性化した結果として起こる組織破壊です。
だからこそ歯周病治療では、単に見えている歯石を取るだけでなく、毎日のプラークコントロール、歯周ポケットの管理、リスク因子の評価、そして治療後の継続的なメンテナンスが重要になります。
参考文献
- Hajishengallis G. Periodontitis: from microbial immune subversion to systemic inflammation. Nat Rev Immunol. 2015;15:30–44. doi:10.1038/nri3785. (PubMed)
- Hajishengallis G. Immunomicrobial pathogenesis of periodontitis: keystones, pathobionts, and host response. Trends Immunol. 2014;35:3–11. doi:10.1016/j.it.2013.09.001. (PubMed)
- Papapanou PN, et al. Periodontitis: Consensus report of workgroup 2 of the 2017 World Workshop on the Classification of Periodontal and Peri-Implant Diseases and Conditions. J Clin Periodontol. 2018;45(Suppl 20):S162–S170. doi:10.1111/jcpe.12946. (PubMed)
- Chapple ILC, et al. Periodontal health and gingival diseases and conditions on an intact and a reduced periodontium. J Periodontol. 2018;89(Suppl 1):S74–S84. doi:10.1002/JPER.17-0719. (PubMed)
- RANKL Expression in Periodontal Disease: Where Does RANKL Come from? RANKL発現と歯周炎における破骨細胞形成・骨吸収についてのレビュー。 (PubMed Central (PMC))
執筆・監修歯科医 ありが歯科院長 有賀智哉
日本人歯科医師として、ホーチミン旧1区にて日本品質の歯科治療を提供。
一般歯科・小児矯正・インプラント・ホワイトニングまで幅広く対応しています。
日本語対応で安心してご相談いただけます。
関連記事
ホーチミンで歯科治療をご希望の方へ
→ ありが歯科へのお問い合わせ・予約はこちら 090-418-6480


